中学三年のとき、モーツァルトのクラリネット五重奏曲で音楽に開眼しました。高校時代はモーツァルト三昧。浪人の頃、ふと他の音楽も聴きたくなって、レコード屋でジャケットのかっこよさに惹かれ、ソニー・ロリンズ『サキソフォン・コロッサス』を手に取りました。針を落とした瞬間、衝撃が走りました。同じくして買ったビル・エヴァンス『ポートレイト・イン・ジャズ』、エリック・ドルフィー『ラスト・デイト』——どれも素晴らしく、ジャズという音楽に魅せられていきました。
もともとやりたかったのはサックスでした。ところが吹奏楽部の顧問から「クラリネットをやったら、すぐにサックスもできるよ」と言われて。小学生の頃からリコーダーが好きで、笛っぽい楽器に惹かれていたこともあり、クラリネットを手に取りました。
大学時代も音楽は続けていました。地域の青少年オーケストラに所属したのは、正直なところ、他にやることもなく、軽い気持ちで。吹奏楽もやりましたし、社会人になってからも、独立するまでは割と活発に活動していました。この何気ない一歩が、思いがけない出会いを運んできます。
その青少年オーケストラで、ジャズピアニストの山下洋輔さんと共演する機会に恵まれました。まさか、と思いました。話を聞くと、山下さんは三井炭鉱の重役のご子息だったご縁で、かつて田川にいらして、そこでヴァイオリンを弾いていたのだそうです。土地の縁が結んだ、不思議なめぐり合わせでした。
大学4年の夏、ヨーロッパ演奏旅行があり、プラハでも山下さんとご一緒しました。その夜、忘れられない出会いがありました。私が愛聴していたスメタナ弦楽四重奏団——モーツァルトの弦楽五重奏曲第3番・第4番を吹き込んだ、あの録音の第二ヴァイオリン奏者・ルボミール・コステツキ氏がそこにいたのです。それを知っているのは自分だけ。めちゃくちゃ感激しました。山下さんの英語通訳で言葉を交わし、ヨセフ・スークとはたまに飲んでいる、なんて話も。演奏はもう引退されていました。そしてこの夜、山下さんに言われたのです。「旅に出ると、素晴らしいことがたくさんあるんだよ」。その一言で、私は就職活動をやめ、大学卒業後、世界一周の旅へ出てしまいました。
プラハにて。左からコステツキ氏、石田久宗(23歳頃)、山下洋輔氏
愛聴したモーツァルト弦楽五重奏曲(ヨセフ・スーク/スメタナ四重奏団)
8ヶ月半にわたる世界一周の旅。アメリカ・コロラドから始まり、20カ国を巡りました。とりわけニューヨークでは、ジャズ漬けの日々を送りました。老舗ヴィレッジ・ヴァンガードで若き天才クリスチャン・マクブライドにノックアウトされ、朝までジャムセッションが続くスモールズに入り浸り、ブライアントパークの無料フェスではロイ・ヘインズやエルヴィン・ジョーンズら巨匠たちを浴びるように聴きました。本場のジャズが、体に沁み込んでいきました。
帰国後は就職し、やがて独立起業しました。転機は2004年3月のこと。ある方から、私の前世はチベットの高僧で、厳しい修行の続きをやることになっている、と告げられたのです。同じ年の8月に滝行と出会い、以来二十年以上、滝に打たれ続けてきました。そして2026年、真言密教の阿闍梨となりました。音楽も、旅も、修行も——私の中ではひとつながりのものです。
QAZZレーベルのきっかけは、二つ下の後輩・土井徳浩君でした。ジャズ講座をやりたくて、2018年1月に阿部篤志さんを紹介してもらったところから、すべてが始まりました。2020年にはまるいひと株式会社(QAZZ Records)を設立。2023年には大阪・ザ・シンフォニーホールでのフルオーケストラをバックにしたジャズトリビュートコンサートをはじめ、アルバムの量産、イベントの継続と、歩みを重ねてきました。まずは100枚をリリースしたい。ブルーノートを築いたアルフレッド・ライオンの意思を継ぎ、日本一のレーベルにしたい。その想いで、今日も一枚一枚、音を刻んでいます。